2015/10/24

ぼくらの民主主義なんだぜ 高橋源一郎

朝日新聞で連載中の高橋源一郎さんによるコラムを集めたのが「ぼくらの民主主義なんだぜ」。高橋源一郎さんは明治学院で教鞭を執られている。ちなみに明治学院は学生運動で話題のSEALDs主催者が在学している。

最近の日本社会は異論封じ込めの動きが怖いくらい浸透している。安倍政権や自民党のマスコミへの圧力は報道の通り周知の事実。
「沖縄の新聞を潰す」とか、あまりにひどい言動が出てくること自体が異常だ。自民党は政権奪取をしてからまだ3年ほど。一党独裁がいつまでも続くと思っているのだろうか。油断しているとすぐ下野することになる。

自民党批判はさておき、幸いにして日本では民主主義は生きてると思う。あれだけのたくさんの人が安部政権の安保法に反対して国会前にデモにいった。同じことが中国でおきたらデモ参加者はことどこく逮捕されたり、死者も出るだろう。
こういった機会に政治に関心を持ち、投票率が上がり、政治を身近に考えて権利を行使する人が増えることを願う。このためには「ぼくらの民主主義なんだぜ」のような本を読んで勉強し、地道に声を出すこと。継続して声をだすことが大事だと思う。

徹底した優しさ

「ぼくらの民主主義なんだぜ」は一般に論壇とされる場所で扱われる話題を優しく語ったものだ。論壇は知識人が議論する場所なので、多くの人にとってその議論に参加したり、内容を理解することはなかなか難しい。
ところが優しい語り口なのでとても読みやすい。ここで言う優しい語り口とはアダルトビデオ、トトロ、Twitter、女子高生、クソ民主主義、アナ雪、怪物など難解でも何でもない言葉が使われているという意味。
引用元も難解な思想家の本がある一方でYoutube、Twitterなど多岐に渡る。そして新聞のコラムを集めたものだから、ひとつひとつのコラムは短い。無理して全部読む必要がない。もっとも、面白くてすぐに全部読んでしまうだろうけれど。

高橋源一郎さんは連載を引き受けた直後に震災と原発事故に直面。勢い連載内容もその影響を強くうけた。どういう影響かと言うと、それは震災の前後で論壇の言葉があまり変化がなかったのに対して、論壇以外での市井の言葉が大きく変化したことに、「目が覚める思いで読んだ」というものだ。例えば城南信用金庫の理事長のメッセージが紹介されている。 https://www.youtube.com/watch?v=CeUoVA1Cn-A 理事長の「国策は歪められたものだった」という言葉から、「今までぼくたちは国策のようなものはどこか遠くで誰かが決定するものと思い込み、敢えて考えないようにしてきた」という考えを引き出す。だからこそ、自分たちで考える必要があると説く。最初のコラムはこう閉じられる。

言葉もまた復興されなければならない

いずれのコラムにも共通する高橋源一郎さんの徹底した優しさの中と、その中にある鋭い視点、意見が、苦労しながらも考え抜いて出てきた言葉であることを感じさせる。そして、あとがきにはこうある。「震災後の未知の混乱の中で社会に響く大きな声、大きな音の中で、」

だからこそ、可能な限り耳を澄まし、小さな声や音を聞きとろうと努めた。

反知性主義

最近よく新聞などで見かける反知性主義という言葉。作家の佐藤優さんによるとその意味は「客観性や実証性を軽視もしくは無視して、自分の見たように世界を理解する態度」だという。こういう世界観が、今の日本では確かに見られる。厭韓本、厭中本やネットの過激なコメントはいくらでもある。
ヘイトスピーチは分かりやすい例だろう。こういう風潮の中では、過激な表現ほど好まれ拡散されやすいようだ。すると少しでも異なる意見に出会うと、それに対して攻撃的になる。

著者は報道ステーションというテレビ番組に出た際、尖閣に香港人活動家が上陸したことに「そんなことどうでもいい」という趣旨の発言をしたら、Twuiterアカウントに罵詈雑言が大量に届いたという。似たようなことは日本以外でも起きている。少し長いが以下に引用する。

「9・11同時多発テロの直後、ドイツの現代音楽家シュトックハウゼンは、あのテロを「アートの最大の作品」と褒めたたえたとして凄まじいバッシングに出会った(中川新一の『緑の資本論』<3>に詳しい)。それは別の意味で「事件」だった。彼がその前後でしゃべった「破壊のアートの、身の毛もよだつような効果」や「間違いなく犯罪」といったことばは意図的に削られ、彼の意図とは正反対の意味を持つものとして、その発言は流通していった。そのことはマスメディアは知っていたのに無視したんだ。そこには世界を多面的に見ようとするアートのことばと、単純で図式的なマスメディアのことばのすれ違いがあった。

フランスの知識人エマニュエル・トッド氏はシャルリー・エブドの事件に際して、皆が「私はシャルリー」というのに違和感を感じたらしい。
いくらなんでもシャルリー・エブドのムハンマドの表現は、イスラム系の移民を激しく傷つけるものだから、やり過ぎたと感じていたらしい。しかし、そんな考えを表に出せば異端扱いにされてしまう。だからトッドは「ひとりぼっちの気分」と言っている。

こんな反知性主義や排外主義、ヘイトスピーチなどに対して、著者は優しくこう書く。

人々が攻撃的になるのは、視野を狭くしているからだ。世界を、広く、深く、複雑なものとして見ることを忘れないようにした。いま、強く、そう思う。

このブログの筆者

早川朋孝
早川朋孝
ネコ好きな読書家。
月一冊は専門書を読むのが目標。年間読書計画はだいたい決まっているが、だいたい横にそれるのが悩み。好きな作家は塩野七生さん、佐藤優さんなど。タバコ嫌いで、ちょい右寄りです。

仕事はウェブが専門。学生の頃よりウェブ制作に従事し、CMSの提案やアクセス解析が得意。上場企業や、東京オリンピック関連サイトなど大規模ウェブサイトのプロジェクトを多数経験。仕事のウェブサイトはこちら
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