レシピ本のレシピを無視したほうが料理はうまくいく理由

レシピ本の通りにやった、料理番組のレシピ通りに料理した。でもうまくいかない。こんな経験をしたことがある人は多いだろう。なぜレシピ本通りにやった料理はうまくいかないのだろう?

レシピ本通りに料理しても美味しく作れない理由

レシピ本の前提としてこういうものがある。料理人にとって当たり前過ぎることはレシピ本に載らない。例えばモーツァルトのピアノ・ソナタを弾くにあたって、上手に弾くためのあまりに当たり前の約束事は楽譜にはいちいち書いてない。左手の16分音符を強く弾かないのは当然なのだ。16分音符を全部強く弾いたらうるさくてしょうがいないから。

レシピ本もしかり。経験豊富なプロの料理人が、料理をする上でのあまりにも当たり前のことをいちいちレシピ本に書くわけがない。より厳密に言うと細かすぎて書けないのだ。いちいち書いていると何ページあっても足りない。細かい点がレシピに載らないのはページ数だけの問題ではない。別に大きな理由がある。

人は一度ある分野に詳しくなると、それを知らなかった頃のことを想像できなくなる。「アイデアのちから」という名著に「知の呪縛」という言葉が出て来る。ちょっと長いが、どんな概念か同書のp28 から引用する。

スタンフォード大学の研究生エリザベス・ニュートンは、単純なゲームの研究で博士号を取得した。それは次のようなゲームだ。各被験者に「叩き手」役と「聴き手」役のいずれかを割り振る。
叩き手は「ハッピー・バースデー・トゥ・ユー」や「星条旗よ永遠なれ」など誰でも知っている25曲の歌のリストを受け取り、その中から1曲選んで、リズムを指で刻む(指で机をコツコツ叩く)。聴き手の仕事は、そのリズムから曲名を当てることだ。

聴き手の仕事は、かなり難しい。ニュートンの実験で、叩き手は合計120曲のリズムを叩いたが、その中で聴き手正しく言い当てたのはたった三曲。つまり、全体の2.5%にすぎなかった。
だが、この論文が心理学博士号取得に値するのはここからだ。ニュートンは、聴き手が曲名を答える前に、叩き手に正答率を予測させた。叩き手が予想した正答率は50%だった。実際に叩き手が正しく曲を伝えることができたのは、40回に1回だったのに、2回に1回は正しく伝わると思っていたわけだ。どういうことだろう?

聞こえるのは、モールス信号のように脈絡のない奇妙なリズムだけだ。

この実験の叩き手は、聴き手がメロディーをつかめないことに唖然とした。
「あの曲だよ、わかるだろう?
内心そう思っていたに違いない。そして、聴き手が「星条旗よ永遠なれ」のリズムを聞いて「ハッピー・バースデー・トゥ・ユー」と答えると、「何でわからないんだ?馬鹿じゃないか?」とでも言いたそうな顔をした。

叩き手の仕事も楽ではない。問題は、叩き手には知識(曲名)が与えられているため、その知識のない状態が想像できないことだ。
曲ではなくコツコツという脈絡のない音を聞かされる聴き手の気持ちが、叩き手にはわからない。
これが「知の呪縛」というやつだ。いったん何かを知ってしまったら、それを知らない状態がどんなものか、うまく想像できなくなる。知識に「呪い」をかけられるのだ。そうなると、自分の知識を他人と共有するのは難しい。聴き手の気持ちがわからないからだ。

叩き手と聴き手の実験は、世界中で毎日繰り返されている。最高経営責任者と現場従業員だったり、教師と生徒だったり、政治家と有権者だったり、営業マンと顧客だったり、作家と読者だったり。
継続的なコミュニケーションが欠かせないのに、叩き手と聴き手がそうであるように、情報の極度のアンバランスに彼らも悩まされている。CEOが「株主利益の最大化」と口にするとき、頭の中では従業員に聞こえないメロディーが流れているのだ。

あなたにもこれと似たような経験が一つくらいはあるだろう。料理人も同じなのだ。何千時間も料理をしてきた彼らは、どうずれば美味しい料理ができるかが体に刻み込まれている。
勝手に体が動くレベルの細かいことをいちいちレシピ本に書けるわけがない。こういった理由でレシピ本に書いてあることをそのまま実行しても美味しい料理はできない

では、どうすればレシピ本を活用して美味しい料理ができるのか?

最低100時間は料理なさい

レシピ本に「弱火」と書いてあるとしよう。弱火というのはけっこう曖昧な表現なので困るところだ。多くの場合、料理人の「弱火」は読者の弱火よりずっと強い。なぜなら、飲食店の調理器具の火力は一般家庭の調理器具の火力よりずっと強いからだ。レシピ本を書く料理人の頭の中にある「弱火」はレストランの調理器具の弱火なのだ。つまりレシピ本読者が「弱火」と書いてあるから本当に弱火で料理すると、それは誤読になる。こういったズレが積み重なって、レシピ本通りに料理しても美味しい料理はできない。

このズレを埋めるには料理人の暗黙知を読者が補う必要がある。というわけで、10時間でも100時間でも1000時間でも実際に料理して感覚を掴まないと、美味しい料理はできない。例えば、いつも外食ばかりでろくに料理なんてしないワイン好きなOLが、たまにホームパーティーとかでレシピ本を見て手料理を作っても美味しい料理はできないわけ。世の中そんなに我々に都合よくできていないのだ。

しかし、我々に都合よいと勘違いするような商品やサービスが世の中にはたくさんある。例えば以下のようなものを見たことがあるだろう。

  • 聞くだけで英語がペラペラになる教材
  • 飲むだけでやせるお茶
  • この通りにやるだけで美味しくできるレシピ本
  • ノートに書くだけで夢がかなう本

誘惑の多いこの資本主義では、上記のような安易なものやサービスで溢れている。本質的に我々は怠惰なので、稼がないといけない企業はそこを突いてくる。

しかし、安易な誘惑の通りになるほど世界がそんなに甘いはずがない。レシピ本でも英語教材本でもその背後に豊富な文脈があるのだ。それを理解せずに安易に取り組んでも、今すぐ何かが上達するなんてことは絶対にあり得ない。
料理でも何でも基礎を徹底しないと上達しない。よく言われる「行間を読む」とは即ち「 豊かな背景があるのを理解する」ということだろう。その豊富な背景を理解するにはやはり基礎を徹底することなのだ。
その分野の経験がなければ行間は読めないし、料理の経験が浅いならレシピ本の本当の価値は分からないのだ。

というわけで、レシピ通りに料理して美味しいものを作るには行間を埋めないといけないのですよ。
この基本ルールを理解しないで料理をしても、美味しい料理は作れませんから。

横着なあなたが最短で料理を上手になるには

で、料理の上達には基本的に場数を踏むしかないのだが、それでも近道をしたい横着なあなたにおすすめの方法を案内する。手元にレシピ本があるならその内の一つのレシピでいいから、一つの料理が美味しく作れるようになるまで何回もやってみよう。
できるだけ簡単なレシピでいい。うまくいく時、いかない時、それぞれの細かい手順や条件を記録する。そうするうちに必ず成功の黄金率が体感できるようになる。うまくいったら別のレシピを試そう。こうすれば必ず上手になれます。

このブログの筆者

早川朋孝
早川朋孝
ネコ好きな読書家。
月一冊は専門書を読むのが目標。年間読書計画はだいたい決まっているが、だいたい横にそれるのが悩み。好きな作家は塩野七生さん、佐藤優さんなど。タバコ嫌いで、ちょい右寄りです。

仕事はウェブが専門。学生の頃よりウェブ制作に従事し、CMSの提案やアクセス解析が得意。上場企業や、東京オリンピック関連サイトなど大規模ウェブサイトのプロジェクトを多数経験。仕事のウェブサイトはこちら
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