【じつは美味しいドイツパン】歴史を少し知るとフランスとの違いがはっきりして美味しさ倍増?

日本ではパンというとフランスパンが主流だけど、ドイツパンもすごく美味しいのを知ってますか?

最近、ドイツパンを買う機会があって、食べたらびっくりするくらい美味しかった。その時、森本智子さんの著作:ドイツパン大全(上の写真の)も一緒に買って読んでいたら、「ドイツパンはひょっとしたらフランスパンより奥深いかもしれない」と思うようになってきた。ちなみにドイツパン大全は資料価値の高い良書です。

食べたパンはメアコーンブロート(上の写真)とザウアークラウトブロート 。ベケライ・ダンケ(Bäckerei DANKE)という静岡のパン屋のもの。

ベケライ・ダンケ(Bäckerei DANKE)
静岡県伊豆の国市三福637

特にメアコーンブロートはかなり気に入ったパンで、クリームチーズとかバターつけて食べるといい感じ。フランパンではなかなか見かけないタイプだ。雑穀とかその他いろいろ入っているから、栄養価も高そう。ハム、チーズ、野菜と一緒にとれば美味しいし栄養バランスもいい食事になるだろう。

パンに興味がないと「ドイツパンなんて言われてもフランスパンとどう違う?」と思うかもしれないけど、けっこう違います。日本ではフランスパンの店はよく見るけど、ドイツ系は少ない。プレツッェルとシュトーレンしか知らないなんて人が大半だろう。ドイツパンは日本ではかなりのマイナーなんだけど、フランスパンとはまた違う魅力があるので、わざわざ探して食べる価値がある。

フランスのバゲットやクロワッサンは白く軽やかなのに対して、ドイツパンはずっしり黒いイメージが強い。ハムやチーズに合わせやすいのは個人的にはドイツパンだと思っている。隣り合うフランスとドイツ、この違いはどこからくるのだろう?浅い知識だけど、ちょっとヨーロッパの歴史を整理してみた。(間違ってること書いてたらごめんなさい)

少なくとも2000年前からあるフランスとドイツの違い

ローマ化されたガリア人とローマ化されなかったゲルマン人というがのフランスとドイツの差異だろう。もともとの民族に違いに加えて、ローマ化されたかどうかの違いがある。もっとも、ケルンのようにローマ化されゲルマン人に対する前線となった都市もあり、今のドイツ全土がローマ化されなかったわけではないけれど。

ゲルマン人がどんな人かはワールドカップを思い浮かべれば分かるかもしれない。彼らはとにかくでかい。オランダ代表とドイツ代表はでかいでしょ。彼らと同じくらいがたいがいいのはアフリカ系くらいだと思う。日本人からしたらドイツ人はとても大きい人のように思えるけど、実は同じヨーロッパのイタリア、フランス人からしてもドイツ人はでかい。古代ローマ時代、今から約2000年前のユリウス・カエサル(英語名だとジュリアス・シーザー)の書いたガリア戦記にこんな記述がある。ゲルマン人と戦うことになったローマ人兵士たちが、びびってしまう場面だ。

ガリア人や商品たちから口々に、ゲルマーニア人は途方もない大きさの体をもち、信じられないほどの武勇を備え、武器の鍛錬を積んでいる、と説明された。自分たちは何度となく彼らと合戦に及んだが、面構えや鋭い眼光を見ただけでたじたじだった、という。このため、突如、たいへんな臆病風が全軍を包み、全員の精神と気概が尋常でない混乱をきたした。

ガリア戦記 高橋宏幸訳 (岩波書店)p35

この後は、みんなで涙して、遺書を書いて、仮病で帰国しようとして、となんだかローマ人が気の毒になる記述が続く。でもカエサルが兵士を叱咤激励して、結局ローマ人がゲルマン人に勝利するのだけどね。

また、塩野七生の著作:ローマ人の物語に、小麦が主食のローマ人に対して、ゲルマーニア人は肉を食らう人たちであるという記述が何度か出てくる(気がする)。ドイツの深い森は、パンより豚などを家畜として育てて食べるほうが向いている。まして古代の森は今よりもっと深かっただろうから、平野が広がるフランスに比べるとドイツで小麦文化が普及するのを妨げる大きな理由となるでしょう。

古代のゲルマン人がまったくパンを知らない人たちであったかというと、そうではなかったらしいが。

お菓子については、フランク人をはじめとするゲルマン民族にも、もともと死者に化け物が近づかないように蜂蜜入り菓子パンを捧げあがめる風習があったようです。

お菓子でたどるフランス史 岩波ジュニア新書 池上俊一 p14

ただ、少なくとも洗練されたローマ文化の代表たる小麦を、ゲルマン人がほとんど食べなかったのは間違いない。 2000年も昔からガリア人、ローマ人、ゲルマン人は好きな食べ物も体格もこんなに違う人たちだったのです。隣り合う国のパンであっても、ドイツパンとフランスパンがまったく違うのは納得できる。

中世は表面的にはフランス人とドイツ人の違いが消えるがパンは普及する

古代には全然違ったガリア人とゲルマン人は、中世にはその違いが目立たなくなる。中世は西欧は単一なカトリック世界だから、ドイツとフランスの違いなんてない。いや、それ以前に今日我々が考えるようなドイツとフランスという概念自体がまだ存在しない。国民国家が登場するのは中世より後のこと。古代にあったゲルマンとガリアの違いがなくなるわけではないけど、カトリックというフィルターで一つに見えてしまう。それが中世という世界。

中世になると古代にあった小麦文明が一度衰退する。パンの原型となる「小麦と水の結合した食べ物」が出てくるのはようやく11世紀くらいになってから。でもそれは今日のパンからは程遠い粗末なもの。想像を絶するスーパー貧乏な世界です。この辺の事情は「中世ヨーロッパの農村世界」に詳しく書いてます。嬉しいことに787円で読める、安い!

ゲルマン人の間にパンが広がったのはこの長い中世の間でしょう。理由はいろいろあります。カトリック教会では聖体パンを儀式に使ったので、キリスト教を受け入れたゲルマン人の間にパンが少しづつ広まっていったとか、それと気候変動も可能性の一つとして挙げられるかもしれない。

8世紀から12世紀のヨーロッパは今より温暖だったことが知られていて、例えば当時のフランスワインの主な産地はボルドーではなく、パリ周辺だった。しかし12世紀後半に200年間は気温が相当下がったらしいので、とれるはずの肉がとれなくなり、小麦に頼るようになった可能性はある。少しずつゲルマン人の間にもパンが広まっていった。

そんな時代がしばらく続きルネサンスとか宗教改革を経て、1648年にヴェストファーレン条約で現在の国際社会の基礎みたいなのができた。ここでようやくフランスとドイツの違いがまた表に出てくる。中世のカトリックというフタが軽くなって、古代にあった違いがまた目立つようになるんです。

表に出てきたフランスとドイツだけど、フランスが強力な中央集権国家であったのに対して、まとまった統一国家ドイツはまだこの時点ではまだない。ドイツのトップの地位が「選帝侯」と呼ばれたことから分かるように、細かく別れた諸侯から神聖ローマ帝国のトップが選ばれていた。つまり諸侯の領土がそれぞれ独自に発達していったことを意味します。これがドイツ文化の多様性の根源。パンのみならずワインも、いろいろなものが地方色豊かなのです。

小麦の消費量からドイツがフランスに劣らないパン大国と分かる

古代にパンなんてほとんど食べなかったゲルマン人だが、現在は事情が違う。小麦の消費量からそれが分かる。以下の表を見れば分かる通り、一人当たりの小麦の消費量はフランスと大差ない(小麦全てがパンに回っているわけではないだろけど)。ちなみに日本人もけっこうパン好きですね。※データは世界国勢図会

上で紹介したドイツパン大全によると種類はドイツパンが世界で随一とあるので、フランスパンより種類が多いかもしれない。大きいサイズで300、小さいサイズで1200もあるらしい。現代までくると古代のゲルマン人がパンを食べなかったことなんて想像もできないくらい、ドイツ人は小麦大好きな人たちになってます。

以上かるく歴史を振り返ってみました。私が思うのは、こんなに美味しくて素晴らしいドイツパンが日本でマイナーな存在なのはすごく残念だということ。ドイツパンの美味しさが日本でもっと広く認知されて、美味しいドイツパンを食べる機会が増えて欲しい。以下にドイツパンの店の情報を挙げるので、美味しいパンに興味がある人はぜひチェックしてください。

日本のフランスパンのお店は店舗が多い分品質にばらつきがあるのに対して、ドイツパンのお店は少数精鋭です。

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このブログの筆者

早川朋孝
早川朋孝
ネコ好きな読書家。
月一冊は専門書を読むのが目標。年間読書計画はだいたい決まっているが、だいたい横にそれるのが悩み。好きな作家は塩野七生さん、佐藤優さんなど。タバコ嫌いで、ちょい右寄りです。

仕事はウェブが専門。学生の頃よりウェブ制作に従事し、CMSの提案やアクセス解析が得意。上場企業や、東京オリンピック関連サイトなど大規模ウェブサイトのプロジェクトを多数経験。仕事のウェブサイトはこちら
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