2014/08/15

終戦の日に読む一冊「笹まくら」丸谷才一

「国家は戦争をするためにある」

マルスクの「暴力装置」と同じ言説が登場する小説「笹まくら」は丸谷 才一の代表作。終戦の日に戦争を考える小説としては抜群に面白いので、いいかもしれない。

笹まくらは過去と現在が交差する精緻な構成。映画「イングリッシュ・ペイシェント」を観た人ならこの小説の構成は既視感を覚えるだろう。
なんの前触れもなく、見出しで変化することもなしに、突然場面が転換する。読み慣れてくると、主人公の現在の名前「浜田庄吉」と過去の偽名「杉浦健次」が使い分けられていることに気づき、それで場面転換がされたことに気づく。

大学職員として、若く美しい妻との静かな生活を送る浜田。ある日、「阿喜子」の死を知らせる電報が届く。そこから物語が展開し始める。現在は現在として未来に進むのだが、過去の場面は過去からさらに昔の過去へと遡るように進んでいく。

浜田の生きる現在は戦後20年が経過した時代。彼の身の回りに色々な変化が起きるようになる。ある日課長へ出世する機会を得るのだが、それがなぜか頓挫する。その理由が浜田の過去の徴兵忌避に基づくものだったのだ。

徴兵忌避で戦時中に各地を逃げている間は、砂絵師「杉浦」として過ごし、器用な杉浦は同時にラジオの修理をしたりして生計をたてる。
憲兵と何度も接触しながらも、機転がきく杉浦は捕まることはない。そしてやたらモテる。杉浦はある日質屋の娘「阿喜子」と知り合い、彼女と一緒に各地を転々とすることになる。

逃亡する緊張感の中で繰り広げられる阿喜子との愛の日々の描写は美しく、はなかい。そして(かなりエロい)。凄惨な戦争の脅威が直接描かれているわけでもないのに、その脅威の影がつねに追いかけてくるために、そのはかなさが際立つ。
やがて二人は別れる。砂絵師に扮しているとはいえ、インテリでモーツァルトを愛する医者の息子浜田が、田舎の娘と合うはずがないからだ。やがて阿喜子は結婚し、二人は異なる道をそれぞれ進むことになる。

さて、時が経ち現在。課長になりそこねた浜田の身に次々に面白くない出来事が起こるが、戦時中でないのに徴兵忌避という事実から逃れられない。
かつての無二の親友に協力を仰ぐが、どこかうまくいかない。そしてついに若い妻との関係も微妙になる。浜田に対して露骨な敵意を持ち陥れようとする人は存在しないのだが、過去の出来事が原因で今翻弄される様が恐ろしい。
各登場人物の心理描写が極めてリアルなので、よけいにそう感じる。

そして物語を彩る登場人物が誰もかれも個性的だ。例えば以下のような人物たち。癖があって表情やしゃべり方が見えてくるよう。

  • モーツァルト好きでかつ機転が効く主人公
  • ルノーに乗るフランス語教師
  • エロい質屋の娘
  • 人がいいだけの大学の先生
  • エロい若奥さん
  • いけすかない理事長とその息のかかった同僚

最後に物語は、徴兵忌避を決心する場面に到達する。ここまで読むと、それまでの現在と過去の交錯が全てつながるのだ。冒頭では何も感じなかった阿喜子の死が、とても重いものに感じられるようになる。
読み終えた時は、この緻密さに圧倒され、しばし何も手がつけられなかった。そしてもう一度最初から読みなおそうと思ってしまった。

すごい小説だ。

※この新潮社版は紙質がよく手触りがいいので読んでいて気持ちがいい。

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このブログの筆者

早川朋孝
早川朋孝
ネコ好きな読書家。
月一冊は専門書を読むのが目標。年間読書計画はだいたい決まっているが、だいたい横にそれるのが悩み。好きな作家は塩野七生さん、佐藤優さんなど。タバコ嫌いで、ちょい右寄りです。

仕事はウェブが専門。学生の頃よりウェブ制作に従事し、CMSの提案やアクセス解析が得意。上場企業や、東京オリンピック関連サイトなど大規模ウェブサイトのプロジェクトを多数経験。仕事のウェブサイトはこちら
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