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ムーミンの舞台が本当にフィンランドなのか原作を読みなおしてみた

2018年02月28日 書評/小説時事ネタ
楽しいムーミン一家

センター試験のムーミン問題が話題になりましたね。朝日新聞でムーミンのセンター試験騒動が取り上げられていたり、ムーミンの作者の母国フィンランドでは日本の騒動を伝える新聞も複数あったみたい。
解説記事(朝日新聞会員限定)

目次

  • ムーミンの舞台はフィンランドなのか
  • ムーミンの中にあるフィンランドの影響
  • フィンランドはどんな国?

ムーミンの舞台はフィンランドなのか

問題の設問はこれです。

ここに画像

設問にはこうありますね。「タとチはノルウェーとフィンランドを舞台にしたアニメーション」とムーミンの舞台をフィンランドと断言している。うーむ、そうだったっけ?
というわけで、原作の「たのしいムーミン一家」(講談社文庫)を読みなおしてみました。そしたら、冒頭にいきなりこんな記述があった。

ムーミントロールたちは、だいたい十一月には、冬眠にはいります。冬の寒さと、暗い長い夜をすかない人たちには、これはうまいやり方ではないでしょうか。

たのしいムーミン一家 講談社文庫 p10

この記述からムーミン谷は北半球の白夜がある地域と類推できるが、フィンランドとは特定できない。ひょっとしたらスウェーデンかもしれないし、ノルウェーからもしれない。あるいは北欧とは全然関係なく、ロシアかもしれないし、カナダかもしれない。うーむ、少なくとも作品には舞台はフィンランドであるという表現は出てこない。北半球のどっかとしか分からないのです。

だからムーミン谷がどこにあるのか、よく分からないというのが回答です。作者がフィンランド人だからフィンランドだ、というのはかなり乱暴な決めつけになってしまう。ちなみに原作はスウェーデン語で書かれています。なぜなら、フィンランドではその歴史的背景からスウェーデン語を話す人が人口の5.5%ほどいて、作者のトーベ・ヤンソンはそういうスウェーデン語を話す一人だったからです。

こうして原作を詳細に読み込んだり、作者やフィンランドのことを調べると、ムーミン谷がどこにあるのかという議論は実に複雑な問題であることが分かります。では、センター試験はどういう問題にすればよかったのか?例えばこんな感じだったらよかったのではないだろうか。

設問

以下の文章を読んで、舞台となる国がどの国である可能性が高いか、A〜Dから一つ挙げよ。

ムーミントロールたちは、だいたい十一月には、冬眠にはいります。冬の寒さと、暗い長い夜をすかない人たちには、これはうまいやり方ではないでしょうか。

たのしいムーミン一家 講談社文庫 p10

A:フィンランド
B:オーストラリア
C:日本
D:インド

もっともこの設問だと簡単すぎて、センター試験の要件を満たしていないかもしれないけれど。
以上のように、いろいろとムーミンの舞台がフィンランドなのかどうか検証してきましたが、ムーミンの舞台がフィンランドとは断言はできないというのが調査結果です。で、せっかくなので、もう少しムーミンとフィンランドについて掘り下げてみたい。

ムーミンの中にあるフィンランドの影響

アニメのムーミンを見たとか、あるいは原作を読んだ人は知っているだろうけど、ムーミンにはニョロニョロとか、ゴラン、飛行おにのような影のあるキャラクターとか、怖いけど愛嬌があるみたいなキャラがけっこう出てきますよね。「飛行おにはなんとなく怖そうだけど、それでもどこか魅力的だったりして実は好きだ」のように感じている人もいるでしょう。

こういった影のあるキャラクターが登場するため、ムーミンは明るいだけの楽しい童話ではないことが分かります。なぜ童話にこんな怖いキャラクターが出てくるのか、少し不思議に思いませんか?この理由は著者のフィンランドの歴史観が関係していると、わたしは見ています。

ムーミン谷の気候やムーミンたちの生活ぶりはフィンランドを彷彿とさせます。そこにモランやニョロニョロなど不気味な存在が出てくることで、フィンランドの影もしっかりと著者のトーベ・ヤンソンは描いているのでしょう。では、フィンランドの影とはいったい何だろう?

フィンランドはどんな国?

フィンランドの歴史と地理を復習してみましょう。フィンランドはスウェーデンとロシアと国境を接していて、スカンジナビア半島東部に位置します。国土の大半が森林でおおわれ、人口は533万人(2008年)で、公用語はフィンランド語とスウェーデン語です。あれ?なぜスウェーデン語が公用語なのだろう?これこそがフィンランドの影です。世界史の教科書にあるフィンランドについての記述を引用します。

フィンランドは16世紀以来スウェーデンの属国であったが、ロシアとスウェーデン間の戦争の結果、1809年ロシアの支配下にはいり、アレクサンドル一世のもとで、フィンランド大公国が成立した。しかしフィンランド人としてのナショナリズムがしだいに形成され、民主化運動も進展し、第一次世界大戦のパリ講和会議にといて共和国として独立が認められた。

詳説 世界史研究 山川出版 p378

そう、フィンランドは長い間スウェーデンの属国だった。独立したのはつい最近です。敗戦したとは言え、他国の属国になったり違う言語を強要されたことのない日本からすると、フィンランドの人のような気持ちはなかなか理解しづらいですよね。
さらに、フィンランドは第二次大戦ではロシアにも攻撃され、悲惨な状況でした。フィンランドの雪中ゲリラはロシア軍を苦しめ敢闘したと、アントニー・ビーヴァー著(平賀秀明訳)の「第二次世界大戦」には記述がありますが、それでもやはり大国に挟まれた弱い国だったのです。

ムーミン谷がフィンランドとは断定はできないけれど、フィンランドのいろいろな影響を作品中に見ることができるのは間違いないでしょう。以上書いたようなフィンランドの歴史などを少しでも知っておけば、今までとは違うムーミンの読み方ができるかもしれない。

「あの舟たちは、どこへいくんだろうね」
と、ムーミントロールはききました。
「ぼくのまだいったことのない国さ:
と、スナフキンは答えました。

たのしいムーミン一家 講談社文庫

参考文献

  • たのしいムーミン一家 講談社文庫
  • 北欧文化事典 丸善出版
  • 詳説 世界史研究 山川出版
このブログを書いてる人
早川 朋孝

業界15年ウェブ運用の専門家です。データ分析やシステム導入の提案などをガッツリやってます。まっとうな情報のインプットとアウトプットを地道に継続することに重きをおいていて、月140時間は本を読みます。ワインとクラシック音楽とネコをこよなく愛し、タバコとトンデモ・ニセ科学は嫌い。明治学院フランス文学科卒。

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