ジープがセーヌ川に着いたときには、すでにマーシャル中尉はジープの中にシャンパンのボトルを67本発見していた。
この描写は第二次大戦の連合軍のパリ解放時に、ホテル・リッツに向かうへミングウェイの乗ったジープを描いた部分だ。シャンパン67本の銘柄までは何か知らないが、へミングウェイはペリエ・ジュエを好んだらしい。ホテル・リッツにこもって多くのシャンパンボトルを明けるなんて、夢のような生活だと思わない?
華やかで数多くの登場人物
ホテル・リッツは1898年にセザール・リッツ、オーギュスト・エスコフィエによって創業した。当時、類を見ない豪華なホテルとして開業したリッツは、ベル・エポックと呼ばれた19世紀後半の華やかなパリ、つまりシュテファン・ツヴァイクが「昨日の世界」と表現した懐古的な時代と、次にその懐古的時代を破壊した第一次大戦、第二次大戦時のナチスによる占領、解放軍によるパリ入城、原爆開発を巡るアメリカとドイツの熾烈な競争、戦後のフランスとドイツとの関係修復など、これら一連の激動の舞台となったホテルだ。
「歴史の証人 ホテル・リッツ」というタイトルは数々の歴史を見てきたリッツを擬人化し、あくまでリッツ自体が主役として存在感を放つ、そんな意図があるのだろう。
本書はリッツの視点からのロバート・キャパとアーネスト・ヘミングウェイに関する証言が多いが、他にもマルセル・プルースト、アルレッティ、ジャン・コクトー、ココ・シャネル、イングリッド・バーグマン、ウィンザー公夫妻、ドイツ人将校、ド・ゴールなど多くの人物が登場する。そしてもちろんたくさんのシャンパンも本書を彩っている。
ダークサイドもしっかり描く
華やかな場面の描写ばかりではない。歴史のダークサイドもしっかり描かれていて、それが「歴史の証人 ホテル・リッツ」に深みを与えている。例えば、香水や女性のファッション解放で有名なココ・シャネルは、ナチスの占領時代に反ユダヤ政策を利用してユダヤ人のビジネスパートナーの取り分を奪おうとしていた、なんて描写がある。
他にもナチスの反ユダヤ政策に積極的に協力したフランス人警察についての描写もある。以下はパリで起きた出来事である。アウシュビッツばかりが有名なユダヤ人虐殺は、パリでも行われたのだ。
サイクリングスタジアムのガラス屋根の下にぎっしり押し込められ、猛暑の中、水もなく、「ぞっとする五日間」を過ごした。かたわらを通りかかった市民たちに頭がおかしくなり自殺しようとしている人々の叫び声が聞こえてきたという。
信じ難い誤植が一か所だけありちょい興ざめだけど、フランス好き、パリかぶれの人は読んで楽しめる。
おまけ
この本には20世紀の有名人がたくさん出てくるが、昔読んだ朝日新聞の「100人の世紀」という企画を思い出した。1998年から1999年まで、日曜版に掲載された連載で単行本にもなっている。高校生のときに好んで読んで、単行本が出たらすぐに買った思い出がある。久々にそれを引っ張り出して、「歴史の証人 ホテル・リッツ」の登場人物の項を読んだんだけど、当時の息遣いまで感じられるようで楽しい読書体験だった。
100人の世紀は絶版だけどamazonで1円で売ってる。。