妻子ありの広告代理店勤務の総務部長は、金曜日の帰り際17時に社内一斉でメールを送信した。「これからは女として生きる」と。「おお〜」という声の上がる社内のざわつきを耳にしながらすぐに退社。彼は(彼女は?)どんな気分で週末を過ごし、どんな気分で月曜日出社したのか。
このたった3行ほどの描写の行間には緊張感がにじみ出ていた。やがて彼女は(彼は?)近所のトランクルームで女になってから出勤する生活を始める。
この本は小説として買ったつもりだったけど、なんとノン・フィクションでした。上の場面は著者の実体験なのです。もちろん実名。小さいとき山口百恵に憧れた著者は、むしろ山口百恵に「なりたかった」と告白する。そして35年の空白を経て、女として生きる決心をする。そこに至るまでの経緯は女装から始まるが、やがて女性ホルモンの投与とどんどん本格的になり、ついに睾丸の摘出の手術まで受ける。
なぜそこまでするか?という疑問は愚問で、「男性化する自分が耐えられない」という一途な思いから彼女はそこまでしたのだ。しかし、どんなに外見が女に近づいても、決して手に入らないのは女の声。この壁の高さは他に比べるものがないと著者は言う。ミッション・インッポシブルみたいに喉に何か機械を貼って声を変えるなんてことはできないのです。
本書を読むと色々な思いに至る。昔のこういう人はどうしていたのか、社会から黙殺されていのか、著者は会社の理解を得られたがそうでない人はどうしているのか、夫が女になった奥さんの気持ちはどうなのか(実際は多くが家庭崩壊しているらしい)、など読む人によって思う部分、感じる部分はたくさんあるだろう。本書では著者の奥さんは描写は少ないが、それだけにその苦悩は計り知れない。
衝撃的だったのは、真のGID(性同一性障害)の人は、男でも女でもどちらでもいいから心と身体の性を一致して生きていきたいという切実な願望があるというのだ。単にトランスジェンダーと言っても実際は様々なのが分かる。
著者のフィルターを通してみる異世界は鮮烈で強烈な読書体験となるのは間違いない。トイレ一つで途方も無い苦労をするのだ。本書を読むことでちょっとした冒険をするような気分を味わえる。この重い課題を前にすると、なんで女になろうとしたのか?なんて疑問は読書後に消え去っているはず。
お茶の水女子大学がトランスジェンダーの学生を受け入れると発表したり、衆院議員の杉田水脈氏が「LGBTは生産性がない」と新潮45に投稿して非難の嵐にあったりと、LGBTについての話題は事欠かない。本書を読むことでLGBTの理解を深められるだろう。
おまけ:トランスジェンダー辞典
本書に出てきたトランスジェンダーに関する用語を紹介します。
- ありなし
- 竿があり玉がない、手術でそうした状態
- リード
- 男から女になった、あるいは女から男になった人が元の性別を見破られること。「やーい、おかま」のように侮辱されようがされまいが、リードされること自体が屈辱らしい。
- パス
- 見破られないこと
- ノンケ
- ゲイではない男性
- 観光ゲイバー
- ゲイでない人一般がいける店。こういう店にいった知人がいるが、女になった元男が手術跡を見せてきて、それにひるんだ知人は隙をつかれて口におもいきりキスされ1週間ほどぐったりしていたらしい。観光ゲイバーであっても油断はできない。
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