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核戦争が起きなかったのはぎりぎりの偶然に過ぎない『核は暴走する』

早川朋孝 早川朋孝
EC専門のSE

核は暴走する

広島に落とされた原爆のウランは全体の1.38%しか核分裂しなかった。残りの98.62%のウランは核分裂せずに超臨界する前に四散してしまった。それでもあれだけの被害を生んだのだ。広島の原爆は爆発から9秒で爆心地に5500度の熱をもたらし、多くの人が蒸発した。それをもたらしたのはわずか0.7グラムのウラン235が純エネルギーに変化したためだった。

ここで核分裂についておさらいしておこう。大辞林によると核分裂の定義は<トリウム・ウラン・プルトニウムなどの原子核が陽子・中性子・アルファ線・ガンマ線などの衝突によって、ほぼ同じ質量の二つ(またはそれ以上)の原子核によって分裂すること。分裂の際に二、三個の中性子が放出される。これを利用してさらに連鎖反応を起こさせると、大きなエネルギーを放出することができる。これが原子爆弾や原子炉での基本的な反応となっている。原子核分裂。>とある。これをふまえて、もう一度広島の原爆についての記述を読んで欲しい。今度は本文からの引用。

そのとき、爆心地の気温は5500度ほどに達したとみられている。橋の上にいた人は全員焼死し、何百件もの火災が発生した。爆風が建物をぺしゃんこに潰し、火災旋風が市をのみ込んだ。きのこ雲が一万六〇〇〇メートルもの高さに突き上がった。上空から見た広島市は、黒煙と炎が荒れ狂い、煮えたぎる海のようだったという。じつはこれだけの被害をもたらしたのは、ごく一部の核分裂性物質だったのだ。リトルボーイに搭載されていたウランの98.62パーセントは超臨界に達する前に四散し、実際に核分裂を起こしたのはわずか1.38パーセントにとどまった。しかもそのウランも、ほとんどが軽い元素に変化していたのだ。広島で約八万人(1945年12月の推計では14万人)が命を奪われ、建物の三分の二以上が崩壊したのは、わずか0.7グラムのウラン235が純エネルギーに変化したためだった。1ドル紙幣1枚より軽いものの仕業だったのである。

核兵器の非人間性が浮き彫りになる。こんなものが地球上には何千発もあるのだ。「ちゃんと管理されているから大丈夫でしょ?」あなたはそう思うかもしれない。しかし著者エリック・シュローサーによる緻密な取材はそうでない核兵器の現実をまざまざと見せつけてくれる。現在ぼくたちの住む文明世界が存続しているのは奇跡かもしれない。この本を読むとそういう気持ちになる。原発再稼働に賛成の人はこの本を読むと考えが変わるかもしれない。本書はエリック・シュローサーによる新作でテーマは人が制御できない核兵器だ。

タダみたいな核兵器

核兵器の魅力は、純粋に経済的なものだ。核兵器は「破壊行為のコスト」を下げ、こうした行為をあまりに安上がりに、容易に」したのだ、と。かつては一回の空襲につき、爆撃機500機を必要としたが、核兵器なら一機ですむ。都市の再建費用に比べれば、原子爆弾に関わる経費など、ただみたいなものだ。

p102

攻撃手段としての核兵器のメリットは上記の記述に尽きる。核兵器以外の手段で都市を破壊しようと思えば、戦闘機、戦車、ミサイル、弾薬、兵士、機関銃など大量の消費コストが必要となる。核兵器の経済コストはそういったものを一切不要にする。それだけではない。爆風と熱の威力だけでも上記の広島の原爆の引用でわかるだろうが、爆発後は放射性物質が降り注ぐ。

核爆発が起きると、まず最初にγ(ガンマ)線が大量に放出される。これが広島と長崎で生じた放射能中毒(急性放射線症候群)の元凶だ。核爆発は、残留放射線も作り出す。核分裂生成物と高エネルギー中性子が、火球にのみこまたれたすべての物質と反応するからだ。爆発によって形成された放射性物質からは、β線、γ線、あるいはその両方が放出される。β線は透過力が比較的弱いので、衣服を通ることはない。だがγ線は命取りになる。家の壁を貫き、中にいる人が死亡する場合もあるほどだ。

p178

核兵器をめぐる数々の偶発的な事故に言葉を失う

こうやって核兵器の恐ろしさを文字にして改めて読むと冷静に恐ろしい。しかしこれは本書の伝えたいことの一部でしかない。本書の趣旨は「いかに偶然が重なってたまたま核戦争が起きなかったか、それは幸運の上に幸運が重なった偶然でしかない」というものだ。そんな事例が本書では限りなく紹介される。ソ連の核攻撃を誤検知して反撃システムが立ち上がったアメリカ軍のシステムの例や、ひょんなことからアメリカから台湾に核兵器が運ばれ誰も気づかないまま2年経った事例、北極海を偵察していたアメリカのU2機がうっかりソ連領に迷い込み、それを救い出すために発信した戦闘機に核ミサイルが搭載されていてあわや核戦争という機器に陥った事例などここには紹介しきれないほどの事故があったのだ。中には空母の上の戦闘機が波で揺られて傾いた甲板から核ミサイルもろとも5000メートルに深海に沈んだ事例もあった。嘘みたいだけどホントのはなしです。

人間がいくら核兵器を安全に扱おうとしても、いくら完璧に考えたつもりでも、いくら優秀なコンサルがMECEなんて口で言っても、現実に抜け漏れは無限に存在する。起こりうる全てを網羅して事前に対策を立てることんて不可能だと、本書を読めばわかるだろう。そんなことは夢のまた夢だ。

1970年代初期にはPALに頼らず、核兵器を搭載した爆撃機のコックピットに暗証番号式のスイッチを取り付けていた。正しい暗証番号が入力されると、スイッチが入って安全解除信号が爆弾倉に送られる。しかしこの安全装置は、爆弾の内部ではなく爆撃機に設置されていたので、盗んだ核兵器でも単純な直流信号で爆発させることができた。SACとしては、核兵器が誰かに盗まれたり、しかるべき認可を得ずに使われたりすることよりも、戦時に使用できなくなることのほうがはるかに心配だったのだ。1970年代後半には、ようやくすべての弾道ミサイル発射管制センターに暗証番号式スイッチを導入したが、それは弾道ではなくミサイルの安全解除に使うものだった。SACの最後の抵抗は、暗証番号式スイッチを有効に機能させるには、いかに番号の管理が重要であるかを痛感させられるようなものだった。なんと、どのミニットマン基地でも、ミサイル発射に必要な暗証番号を”00000000”に設定してあったのだ。

下巻 p162

核兵器を爆発させやすいように起爆コードの8桁のパスワードを0だけにしてあったのだ。ちょっと信じられないけど、核兵器を扱っている人も一人の人間である以上は、なんか事情があって手抜きや通常以外のフローで作業をする可能性はある。出世したいかもしれない、子供が生まれる間近かもしれない、奥さんと離婚するかもしれない、子供が交通事故死した直後かもしれない。こういう状況で冷静に仕事をできるだろうか。いろいろな人がいろいろな事情で仕事をしている以上、一般的に信じられないようなことでも、現実には起きるのだ。

本書『核は暴走する』は今年もっとも読み応えがある書籍のうちの一冊で、システムがいかにして問題を起こすかがよく分かり、「バグのないシステムを作りたい」と無駄に息巻いているエンジニアにもおすすめ。上下2冊で8000円以上はするので少し高いけど、読み応えがあり文句なしに面白い。自分たちの住む世界が薄い氷の上を歩くかのようにもろい現実ーーすなわちたまたま核戦争が起きなかったに過ぎない、という事実を知れば価値観がひっくり返るかもしれない。翻訳は『1493』『動くものは全て殺せ』『ブラッドランド』などを翻訳した凄腕の布施由紀子氏。上下巻合わせると800ページ近くそこそこのボリュームだが、映画を見ているかのような迫真の描写に飽きることはない。ぜひ読んでほしい。世界的ジャーナリストの本作品を読めば戦慄することを約束する。

  • おすすめ度 ★★★★★
  • お買い得度★★★★
  • 読み応え度★★★★★
  • 一気読み度★★★★


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このブログを書いてる人
早川 朋孝 EC専門のSE
IT業界歴20年のエンジニアです。ネットショップ勤務で苦労した経験から、EC・ネットショップ事業者に向けて、バックオフィス業務の自動化・効率化を提案するSEをしています。
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