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ドラクエの闇の世界の住人の絶望感はこんな感じか?『B.C.1177』

早川朋孝 早川朋孝
ITコンサルタント

B.C.1177

先日のソフトバンクの障害はひどかった。しかし携帯電話の回線に障害が起きるだけでスマホに入っているチケットが表示できずコンサートが見られない事態になるなんて、なかなか事前には想定できないだろう。これは現代社会が抱える本質的な問題を示している。ある一つの問題が発生するだけで、まったく関係ないと思われている別のことに影響し支障をきたす。最悪の場合は全体が崩壊する。

『B.C.1177』がテーマとして扱うことがまさにこれを同じ。紀元前1177年、つまり今から3100年も昔のことだが、当時の東地中海を中心に現代にひけをとらない高度なグローバル社会が展開されていた。そんな昔にグローバル社会があったはずがない、とにわかに信じられないかもしれないが、それを示す多くの証拠がある。発掘された粘土板には当時の交易がいかに多様だったかを如実に示すし、海底の沈没船には銅のインゴットがぎっしり積まれていた。江戸幕府より長く栄え高度な文明だった。しかし後期青銅器文明は突然崩壊した。著者はおそらく数十年程度で滅びたという。この文明崩壊の後に人類が次の文明社会に出会うまでには数世紀を要した。

高校で世界史を勉強した人は「海の民」という記述を覚えているかもしれない。多くの歴史の本では当時の古代文明が崩壊したのは「海の民」によるとされているが、著者は実際に歴史で起きたことはそんなに単純でないと喝破する。そもそも「海の民」がどんな人たちなのかまったくわかっていないのが現実である。エジプトの碑文には海の民は陸からも攻めてきたと記述がある。どれくらい海の民についてわかっていないかよくわかる箇所があるので引用する。

以前は、この時代の破壊はすべて”海の民”のせいにされがちだった。しかし、エーゲ海・東地中海地域の青銅器時代の終わりを、すべてかれらのせいにするのはやりぐりではないだろうか。それでは”海の民”を過大評価していると思う。なにしろ明白な証拠はなにひとつないのだ。唯一あるのはエジプトの碑文だが、これらにしても受ける印象はまちまちだ。”海の民”は、比較的組織された軍隊として東地中海地域にやって来たのだろうか。たとえて言えば、中世に聖地奪回を掲げて派遣された、規律がしっかりしていたころの十字軍のようなものだったのか。それとも、後代のヴァイキングのように、ゆるやかに組織されたーーというより、まともな組織とは言えないならず者の集団だったのか。それとも、災害から逃れ、新天地を求めてやってきた難民の群れだったのだろうか。もしかしたら少しずつ当たっているかもしれないし、あるいはどれもまるっきり的外れかもしれない。

B.C.1177 p27

これくらい海の民についてはわかっていないのだ。とはいえ、海の民が一定程度当時の文明崩壊に影響を及ぼしたのは間違いないようで、いまのシリア北部にあるウガリト王国は、次から次へと攻めてくる海の民に恐怖し、絶望が支配する日々を送っていた。以下に引用するのはウガリト王国が、より高位でかつ父親であるキュプロス王に送った粘土板(手紙)だ。これを実際にキュプロス王が読んだのかどうかはわかっていない。

わが父よ、とうとう敵の船がやって来ました。かれらはわが国の各都市に火を放ち、国土に損害を与えてきました。父上はご存じないのでしょうか、わが国の歩兵と「戦車」はすべてハッテに駐屯、わが軍船はすべてルッカの地に集結しており、まだ戻ってきておりません。わが国は完全に無力です。父上、どうかこの問題をお心に留めてくださいますように。現在、敵の船七隻がやって来てわが国に害をなしています。これ以外にも敵の船が現れましたら、なんとかご連絡をたまわり、私にお教えくださるようお願い申し上げます。

B.C.1177 p26

この絶望感、ドラクエの魔王が支配する闇の世界の住人のよう。文明崩壊の渦中にある人の気持ちは想像を絶する。これだけの恐怖をもたらした海の民だが、しかし上述の通り、グローバル展開した文明を崩壊させる唯一の原因ではない。エジプト、アッシリア、バビロン、ミュケナイ、キュプロス、ヒッタイトなど広大に地域に広がる後期青銅器文明が滅びた理由を「海の民」のせいにするのは考え方として単純すぎるのだ。著者は文明が崩壊した理由はもっと複雑だったという。人の手や自然災害など多くの偶然が重なり、後期青銅器文明を崩壊に追いやった。

これまで見てきたように、300年を超す後期青銅器時代、すなわちハトシェプストが即位した前1500年ごろから、前1200年以後にすべてが崩壊したときまでにわたり、地中海海域は国際化された複雑な世界の舞台となっていた。そこでは、ミノア人、ミュケナイ人、ヒッタイト人、アッシリア人、バビロニア人、ミタンニ人、カナン人、キュプロス人、そしてエジプト人すべての相互作用によって、今日以前にはまずめったに存在しなかったような、きわめて国際主義的なグローバル化された世界システムが生み出されていた。まさにその国際化こそが、青銅器時代を終わらせた黙示録的災厄を招きよせたのかもしれない。近東、エジプト、ギリシアの文化は、前1177年ごろにはきわめて複雑にからみあい、相互依存を強めていたように思われる。そのため、ひとつがつまずくとほかも引きずられて倒れる結果になってしまった。繁栄する文明がひとつまたひとつと破壊されていったのだーー人の手で、自然災害で、あるいはその致命的な組み合わせによって。
B.C.1177 p259

本書で面白いのは古代人が刻んだ粘土板の文章をたくさん読める点だ。上に引用したウガリト王の粘土板はその一例。「エジプトでは黄金は塵のようなものだからうちらにください」という趣旨の粘土板もあったり、古代人も我々と同じ人間臭い面が当然あって、それを垣間見られる。それと対比的に気になったのは、現代はすべて磁気ディスクに記録しているが、磁気ディスクの寿命はせいぜい20〜30年。碑文は3000年経った今なお古代人のやり取りを後世に伝えてくれる。私たちの時代が後期青銅器文明と同じように滅びたとしたら、後の時代の人が現代の我々について知る手がかりは何も残されない。この絶望感、ドラクエの魔王だ。

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このブログを書いてる人
早川 朋孝 EC専門のSE
IT業界歴20年のエンジニアです。ネットショップ勤務で苦労した経験から、EC・ネットショップ事業者に向けて、バックオフィス業務の自動化・効率化を提案するSEをしています。
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趣味は読書、ピアノ、マリノスの応援など
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