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格安サービスを求めるのをやめれば、少しはましな社会になるんじゃない?『底辺への競争』

早川朋孝 早川朋孝
ITコンサルタント

底辺への競争

今の47歳以下は親世代の豊かさに到達できないという事実をあなたは受け入れられるだろうか。それとも「そんなこともうとっくに分かりきったことだ」と達観しているだろうか。多くの人はこの事実はけっこうショックだと思う。というのもアベノミクスは当然のごとく経済成長が前提の発想で、多くの人はアベノミクスは無理だと思ってはいても、それでも経済は成長すると思っている。12/10の朝日新聞の夕刊トップには「GDP2.5減に修正」という見出しが出ているけど、こういうニュースが一面に出る以上は、多くの人が経済成長率に関心を持っている証拠でしょう。

しかし現実は厳しい。『底辺への競争』はそんな事実をまざまざと伝えてくれる。まず「底辺への競争」とはどういう意味なのか。これはアメリカの経済学者アラン・トネルソンによって以下のように定義されている。

グローバリゼーションが進む中、世界規模で繰り広げられる経済競争によって、労働者の賃金も社会保障も、最低水準まで落ち込んでいく様相を「底辺への競争」と名付けた。

ただし「底辺」の状態が日本とアメリカとでは異なる。著者の山田昌弘氏はその違いをふまえて、こう書く。

底辺への競争は、今日の日本社会の大きな特徴といえるものです。

その内実は、中流生活を維持するための競争です。つまり「下流」にならないための競争であって、決して前向きではなく、後ろ向きの競争です。ですから、正確にいえば、底辺の落ちないための競争なのです。

著者は<夫の給料が上がり続けるのは当然だと思っているバブル期に専業主婦になった人たちは、それが過去の常識だと認識できないでいる>と厳しく指摘する。非正規労働の人はどんなに頑張っても収入は増えないし、正規雇用の人は増えても社会保険料の増大のペースがそれを上回ってしまう。報道にある通り社会保険2019年度の予算は34兆円と過去最大。2018年度は32兆9732億円だから1兆円も増えてる。ちなみに2015年は31.5兆円です。たった4年で2.5兆円も増えてる。消費税2%増税したら2兆円の税収だけど、ぜんぶ消し飛びます。それくらい信じがたいペースで社会保障費は増えてる。日本人はこれから老人を養うために仕事しないといけない。不安を煽るわけじゃないけど数字が示す事実だ。

いっぽう今の年金をもらってる世代はかなり悠々自適と言える。彼らはとても運がいい世代で、とにかくがむしゃらに頑張るだけで生活は保障されていた。今の若い人からするとまったく羨ましいかぎりでしょう。アラフォーなら就職氷河期を経験しがむしゃらに頑張るだけでは意味がないことを知っているだろうし、非正規雇用の人ならどんなに頑張っても時給は上がらない。

工場労働者にしてもそうです。1990年頃までは安定しているように見えました。いまの70歳前後の親たちは、学歴が低くても正社員となって家も買えたのです。親の世代にも、もちろん格差はあったのだけれども、その格差は小さかった。しかし、親の代の小さな格差が子の代で「レバレッジ」がかかって大きくなってしまった。親の時代の見えなかった小さな格差、気にならなかった程度だったものが、子の代に見える大きな格差となって表面に現れてしまうということです。

底辺への競争 p85

こういう話題になると、非正規労働なんてやってるのは自己責任だという声がよく聞こえてくる。しかし、100人いて2人〜3人が非正規労働担ってしまう程度なら自己責任かもしれないが、現在の100人のうち何十人が非正規労働になってしまう、頑張っても社員になれないという社会になると自己責任論は唱えるだけ無意味。個人の努力では解決不可能な状態なのです。仮に自己責任として社会的弱者を切り捨てたら、結果的に世の中の治安が悪化し、平均寿命も下がってしまう。これは明確なデータがある。

例えば、屈指の知識人で作家の佐藤優さんのマルクス関連の著作に「賃金には生活費、娯楽費、次世代の再生産費(結婚して子供を育てる)が含まれてしかるべき」という主張がよく出てくる。つまり今の労働者の賃金、とりわけ非正規労働者の賃金には最低限の生活費しか含まれていないのだ。当然そんな状態には誰もなりたくないから、そこに、つまり下流社会に転落しないように競争する。まさに底辺への競争というわけ。

親世代が金持ちで、若い人が非正規労働者でお金がなければ、必然的に同居が増え、そこからニートが生まれる。ニートという人たちが生まれたのは実は日本が初めてで、その背景には裕福な親世代がいるからという事情がある。

こういう本を読むたびに思うのは、まずまっとうなサービスを受ける対価が安すぎると感じる点だ。吉野家の牛丼、場末の居酒屋、カゴメのトマトジュース、ヤマト運輸、日本郵政など、いずれも素晴らしいサービスなのにやたら安い。そのしわ寄せが現場の人にいっているのは明白で、素晴らしいサービスを格安で提供するのを維持するために無茶な状態が続いてきた。最近一部の企業がそれに気づいたのか、佐川急便は1/1の営業を休み、日本郵政は土日の配達を休むかもしれないなどの動きが出てきている。企業はまっとうなサービスはまっとうな料金に値上げしていいし、消費者はひたすら安く便利なものだけを追い求める姿勢を捨てるべき。こうすれば底辺への競争もいくぶん緩和されるだろう。

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このブログを書いてる人
早川 朋孝 EC専門のSE
IT業界歴20年のエンジニアです。ネットショップ勤務で苦労した経験から、EC・ネットショップ事業者に向けて、バックオフィス業務の自動化・効率化を提案するSEをしています。
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