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自分がそうだから言うけど、仏文出身ならこの本は好物でしょ『1913ーー20世紀の夏の季節』

書評・読書ノート

1913ーー20世紀の夏の季節

以下に挙げる名前の中に好きな人はいますか?ツヴァイク、カフカ、トーマス・マン、プルースト、フロイト、ユング、リルケ、シュペングラー。音楽家ならラヴェルとか、ストラヴィンスキーとか、シェーンベルク。画家や彫刻家ならムージル、ピカソ、ブラック、ココシュカ、デュシャン。あるいはニジンスキー、好きではないけど誰もが知ってるスターリン、ヒトラーなどの名前も出てくる。いずれも本書に登場する人物。ベル・エポックと呼ばれる第一次世界大戦前に芸術とか文芸、思想が輝いた時代があって、その時代に生きた著名人の活動の断片を紡ぎ合わせて1913年という年を描いたのが本書です。例えば1913年1月には若きスターリンと、同じく若いヒトラーがウィーンのシェーンブルン宮殿の前ですれ違ったかもしれない、そんな記述が出てくる。

1913年ときいてピンと来る人は歴史を勉強している人だろうし、一方でピンとこない人はこの本を読んでも楽しめないでしょう。もちろん第一次世界大戦の前年という位置づけです。英国の歴史家エリック・ホブズボームは19世紀を長い19世紀と定義し、その実質は1801年〜1913年とした。それくらい第一次世界大戦という出来事のインパクトは大きく、世界中を激変させ、100年経った今でも特にヨーロッパ人の心の重しとなっている。ホブズボームは第一次世界大戦と第二次大戦を休戦を挟んだ一つの戦争と見ている。人類はこれだけの犠牲を出して初めて「国家間戦争をよくない」と認識できたのです。馬鹿だよね。悲しいけどこれが現実。

それだけインパクトのあった20世紀の大戦の前は、ヨーロッパは輝いていた。才能あふれる人が次々と現れ、飛行機で大西洋を横断し、アメリカとヨーロッパの間でケーブルがつながりと、まさに我が世の春を謳歌していた。中世の軛から開放された啓蒙主義はとどまるところを知らず、世の中の全てに光があたり人類が知らないことはいずれ一つもなくなるだろうと思われていた。でも実際はその裏で、軍靴の足音はどんどん近づいて来ていたのだけれども。

そんな時代を活躍した上に名前を上げた著名人たちの日常は愛や憎しみ、嫉妬、虚栄心に溢れていた様が本書を読むとよく分かる。西洋音楽史でとりわけスキャンダルな出来事だったストラヴィンスキーの『春の祭典』の描写は、まるで自分がその場面を目撃しているかのようなリアルな描写で、クラシック音楽好きにはたまらない。

ちょうどその二週間後、パリのこの特別な五月に、ストラヴィンスキーの『春の祭典』の次の通し稽古がシャンゼリゼ劇場で行われる。今回は、ハリー・グラーフ・ケスラーはリハーサルにまったく姿を現すことなく、直接リハーサル後のパーティーにやってくる。そこにはニジンスキー、モーリス・ラヴェル、アンドレ・ジッド、ディアギレフ、ストラヴィンスキーもした。「そこでは、明日の晩、初演のときにスキャンダルが起こるだろうという予測がみなのあいだに広がっていた。」そしてまた、実際その通りとなる。音楽と舞踏による総合芸術作品『春の祭典』の初演は、パリに電撃を走らせるとともにその余波がニューヨークやモスクワにまで押し寄せる一つの事件となった。5月29日の夜8時から10時のあいだに起こったことは、すでにその目撃証人たちが、自分たちはある歴史的事件に立ち会っているのだと感じる、きわめてまれな瞬間の一つであった。

p199

1911年にルーヴル美術館から行方が消えたモナ・リザの描写も魅力的だ。1913年1月〜11はモナ・リザはずっと行方不明だが、事態は12月に突然動く。フィレンツェのある画商が、突然謎の手紙を受け取る。

2年前にルーブル美術館から盗まれて以来、なんの手がかりもなかった。しかし、12月初旬のこと、フィレンツェの美術商アルフレード・ジェリは一通の手紙を受け取る。でっぷりと太り、肩幅も広いこの社交的な男は、フィレンツェの上流階級に、ヴィア・ボルゴ・オニサンティにある自分のアンティークショップのものを提供していた。女優エレオノーラ・ドゥーゼや彼女の愛人である詩人ガブリエーレ・ダヌンツィオも彼の客だった。手にした手紙に彼は狼狽した。これはほんとうのことなのだろうか、それとも頭のおかしいやつが書いたものなのだろうか?彼はもう一度読み返した。「レオナルド・ダ・ヴィンチの盗まれた作品を所有しております。画家はイタリア人なのですから、これは明らかにイタリアのものです。この傑作を、作品が生まれ、そこからインスピレーションを得たイタリアに返すことが、私の望むところです。レオナルド。」ジェリはこの不吉な差出人「レオナルド」と手紙でうまく示し合わせ、12月12日、ミラノのある場所で会うことになった。

p393

この後モナ・リザがどうなったか、興味があれば本書を手にとって確認してほしい。ベル・エポックの輝かしい、しかし戦争が間近のヨーロッパを当時の著名人の月ごとの行動を読むことで追体験するという、新しい読書を経験できる。本書の発売は2014年冬。買っておいてすっかり寝かせてしまった。というのも買った当初は知らない名前が多くよく分からなかったから。4年経って読んだら自然と知ってる名前が増えていて、若干のとっつきにくさはあるが楽しめた。少し値がはるが読む価値はある。素敵な表紙はもちろんアヴァン・ギャルドの作品です。

  • おすすめ度★★★★
  • お買い得度★★
  • 読み応え度★★★
  • 一気読み度★★

このブログを書いてる人
早川 朋孝

業界15年ウェブ運用が専門のITエンジニアです。サーバー保守やアクセス解析などフロントからバックエンドまで何でも対応します。データと科学的エビデンスを重視し、月140時間は読書します。ウェブ業界の裏側や読書で学んだこと、社会的なことなどをブログ記事にします。ネコ好きなタバコ嫌いで、明治学院フランス文学科卒という文系出身のエンジニアです。マリノスファン。

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