働き方改革がこの4月より施行されたそうですが、「こんな働き方改革なんて世迷い言だよな」と思っている方多いでしょう。私もそう思います。今回はそんな諸兄に働き方改革がいかにとんちんかんなものかを語った本『なぜ日本の会社は生産性が低いのか?』を紹介します。本書は高齢化ブラック企業にまで話題が及び、新書にもかかわらず内容は充実しています。舌鋒鋭く働き方改革にツッコミを入れていく文章は読んでいて爽快です。この本を読んで思想を強化し、声をあげましょう。黙っているのは容認するのと同じだから。
本書には、ブラック企業、ワンオペ、イノベーション、高齢化社会、グローバルニッチ、そもそも生産性とは何か、だめな上司とはどういう上司か、などの働く人にとって興味深いトピックが多く並んでいます。会社で人前で話す人、営業の人などはネタとして仕入れておくのも悪くないでしょう。
『なぜ日本の会社は生産性が低いのか?』の要約
働き方改革が採用されるに至った背景
本書に通底する著者の主張は明快で、それは「働き方改革を進めるなら、その責を個人に期待するのではなく組織としての効率を上げよう」というものです。そしてそのためにはどうすればいいか、具体的な対応策が書かれています。
個人が企業で働くことの意義は、チーム力によって個人では成し得ない効率とパフォーマンスを発揮し、より優れたサービスを提供したり、製品を開発したりすることにある。これが大前提であるにもかかわらず、現在の働き方改革は企業ではなく個人を単位にして業績を改善することがさも当然であるかのように考えられている。それを許した背景は成果主義だ。リーマンショック以降、成果主義は広く定着し労働者に受け入れられている。これが原因で、働き方改革も個人の成果として進めるのが当然だと思われている。
しかし、この個人の成果として働き方改革を進めるという考え方は、チームで仕事をしてパフォーマンスを発揮するという大前提と矛盾している。それだけではない。働き方改革の柱として挙げられている3つのコンセプトはそれぞれ違う方向を向いていて、本質的な矛盾をはらんでいる。
- 同一労働同一賃金の遵守
- 残業時間の上限規制
- 裁量労働制の拡大・脱時間給
見て分かる通り、規制緩和と締め付け強化という相異なる方向を向いている内容が同居している。本質的な矛盾をはらんでいるというのはそういう意味です。著者は<安倍政権の本心は(3)の規制緩和にあるが、長時間労働などへの批判があるので、同時に規制強化をアピールしている>と見立ています。交渉術などで、真の狙いを悟られないために考えていること以外のことを複数要求し、狙いをぼかす方法があるが、それと似たようなものでしょう。
というわけで、働き方改革というのは本質的な矛盾をはらんでいる以上、そもそもうまくいかないだろう。著者は<ネーミングの魔力>と手厳しく記述している。だからといって、このまま手をこまねいて経済が低成長のままでいいのだろうか。いや、まだまだ日本にも成長の余地はあると著者は言う。
高齢化は確かに痛いが成長は可能
高齢化は日本にとってかなり痛い問題なのは間違いない。仮に年功序列を採用している企業の場合、それ自体が会社にとって大きな負担となる。というのも、社内高齢化によって人件費が重くのしかかるからだ。それに年配の人は若い人ほど成長しない。ただし、高齢化のせいで、日本がまったく経済成長しないかというとそれは違う。というのも、日本より高齢化率が低いイタリアとポルトガルよりも、日本は経済成長率は高いからだ。仮に高齢化だけが原因で経済成長しないならば、日本はイタリア、ポルトガルより経済成長率が低いことになる。現実にそうなっていない以上、高齢化が進む日本でもまだまだ経済成長を高める余地はあると言える。
どうすれば経済成長できるか
その光明として挙げられるのはグローバルニッチ企業の育成、前例に縛られずリスクをとる上司と組織、新しいことに挑戦する精神など。ま、口でいうのは易しいですが、経営者にも労働者にもずっと同じようなことを繰り返すという惰性に安住しないようにと、著者はドラッカーの著作などを引用しながら説明する。以下に本文から引用する部分は著者のそういうメッセージが強く現れている部分です。
リスク回避の志向は、予期できない事件→不確実性の高まり(=リスク許容力の急低下)→リスク回避行動、という順序で決まる。不確実性の高まりは、人に先行きを予想しにくく感じさせるため、リスク許容力を下げる。そうすると、予想損失率の上昇を回避するように、人や企業は極端な安全志向へと豹変することになる。
このリスク許容力の低下は、私たちが仕事をする上で、様々な判断のネックになっている。
例えば、世の中には生産性を上げるためのアイデアやメソッドは山のようにある。それなのに、なぜ誰もそうしたアイデアに挑戦しないのだろうか。
その理由としてよく耳にするのは「予算がない」、「人を動かせない」という表面的理由だ。
しかし真相は、組織のリスク許容力が低下しているからではないか。個人のリスク許容力の差は、経験と知識の多寡によって決まる。基本的に、経験と知識が豊富な人はリスクテイクに寛容である。
サラリーマンの中には、以前の上司の下ではバリバリ成果を上げていたのに、人事異動で新しい上司になった途端に死んだようになってしまったという例は多い。
今の上司と以前の上司は、根本的に何が違うのか。それはリスク許容力である。小さなことにケチをつけ、「予算がない」、「前例がない」と口実をとうとうと述べて予算化、事業化を阻む上司。これは上司のリスク許容力が小さいからである。
反対に、「失敗するかもしれないが、やってみよう」と応じてくれる上司は、リスク許容力が大きい。成功体験を重ねてきた人は、たとえ部下が失敗しても、今後、自分の得点でその失点ぐらいは取り返せる自信がある。経験則で言えば、自分で成果を出してきた上司ほど、リスク許容力が大きい。
逆に、自分で実績を生んだことのない上司ほど、リスク許容力が小さくなる。サラリーマンにとって、自分の人事がリスク許容力の小さな上司の下で、負のスパイラルに落ちていくことは何よりの恐怖だ。
日本企業は、長期不況や未曾有のショックを経験したことで、以前に比べて全体的にリスク許容力を低下させてしまった。
p128〜130
正当な対価をしっかり要求しよう
上に紹介したような著者のメッセージに加え、私は正当な対価を顧客にしっかり要求することも挙げておきます。世の中には個人的な営業成績を目当てにして、採算の合わない案件をとりにいく営業マンがたくさんいます。こういうことが横行すると現場が疲弊し、生産性も何もない状態になってしまう。通販の流通量が増えたために運輸業で現場がパニックになり、ヤマト運輸などが値上げをしたのは記憶に新しいですが、正当な対価はしっかりお客さんに要求すべきです。
4/12の朝日新聞に新井紀子さんの記事が載っていて、教育現場にもこの問題があることが窺えます。教員に都合のいいことだけ求めてる保護者。労働には対価が支払われるべきなのに、教員のボランティアに頼っている現状があるようです。「学校教育に対する保護者の意識調査」をうけての部分です。
保護者の83・8%が学校に「満足している」と回答しており、満足度は想像以上に高い。問題はここからだ。教員の半強制的ボランティアに支えられている部活動の顧問は、多忙の原因のひとつだ。保護者の72・8%もそれを認める。しかし、「部活の日数を減らすこと」や「保護者はもっと関わったほうがよい」に賛成する保護者は3割に満たない。教員が多忙でも、自分は関わりたくないし部活は減らしてほしくないという本音が透けて見える。
https://www.asahi.com/articles/DA3S13974941.html
内容が充実しているわりに新書なのでお買い得。とりあえず読むべし。
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