2021年3月に読んだ本から5冊を紹介を紹介する。今月はたまたまデジタル色が濃いものとなった。
目次
- 『人新世の「資本論」』
- 『クララとお日さま』
- 『アフターデジタル』
- 『2050年の技術 英「エコノミスト誌」は予測する』
- 『人類が知っていることすべての短い歴史』
『人新世の「資本論」』 斎藤幸平著 集英社新書
真っ先に挙げたいのはこの一冊だ。著者の力量たるや見事という他ない。利潤、快適さ、便利さを求める資本主義はそのコストを外部に負わせるわけだが、その結果はご存じの通り温室効果ガスによる地球の温暖化であり、その影響はまず貧しい地域の女性が受ける。市場の力では気候変動は止められない。こういったような話がエビデンスが示されつつ次々に展開される最初の数章を読むだけで暗澹たる気持ちになる。
著者はSDGsも電気自動車もグリーン・ニューディールも、いずれも表面的に環境対策をした気になれる大衆のアヘンでしかない、あんなものは偽善だと厳しい。我々は気候変動の影響は表面的な対策だけではまったく間に合わない待ったなしの状況であることを知る必要がある。著者の強い危機感が文面ににじみ出ている。徹底した悲観論に立ち、その中でできることを探すしかない。これが今できることだと思い知る。
マルクスの『資本論』を読むのはかなり厳しいだろうけど、この一冊ならば読めるだろう。新書とは思えないお買い得感がある。本書を読むと悲観的になるかもしれないが、著者のような感覚を持った若い人がこれからの社会で増えて活躍してくれれば、未来は明るいと淡い希望を持たずにいられない。
おすすめの関連書籍
- 『資本主義の終焉』 水野和夫著 明石書店
- 『環境倫理学のすすめ』 加藤尚武
『クララとお日さま』 カズオ・イシグロ著 早川書房
話題の新作につき、色々な人が本書について論じていて、いくつか読んだ限りどれも似た観点ものが多かった。私はITのエンジニアなので、まずは技術的な観点から本書について書くことにする。
鉄腕アトム、どらえもん、ターミネーター2などロボットが人のように感情を持ち、人と同じように振る舞うモデルに私たちはすでに慣れ親しんでいる。『クララとお日さま』の主人公クララもそういうモデルの一つだ。本書は、現代からすると信じがたいほど高い水準のAIを搭載したロボットであるクララの一人称語りとして進む。クララが見た世界、感じた世界、観察した世界なので、突然起きる機械の不具合で人の顔が分割して見えたりして、そういう描写には読んでいると少しドキッとする。
私はエンジニアとして機械学習(今日一般にAIと呼ばれるもの実現するための技術の一つ)の勉強をするまでは上記のようなお馴染みのロボットに違和感を感じることはなかったが、機械学習について勉強した結果、現実にAIが人のような感情を持つなんてことは絶対にありえないと理解し、クララについては違和感しか感じなかった。
だからありがちなSFだろうとわりきって読んだのだが、それでも不思議に思ったのは、人の口元からその感情を読み取るほどの高機能ロボットがいる社会であるのに、車の運転を人がしていることだ。現実には自動運転は目前まできているのに、クララのいる世界で自動運転は普及していないように見える。というわけで、私はこの作品を技術的にはまったくリアリティのないものとして捉えた。
SFとしていまいちでも、本作の内容は倫理的に考えさせられるものはあるし、純粋無垢なクララと、不穏さを隠そうともしないクララの周りの世界との対比が見事で、読み手は常に緊張を与えられるだろう。
現実社会では技術が発達するほどに、倫理的な問題がつきまとってくる。本書は技術と倫理の関係について考えるきっかけとなる一冊となるだろう。
『アフターデジタル』 藤井保文・藤原和啓著 日系BP
コロナ禍で明らかになった日本のデジテル化の遅れ。日本では業界によっては未だにFaxを使っているところもあり、にわかに信じがたい。この日本のデジタル化の状況を踏まえて『アフターデジタル』を読むと、IT先進国の中国との歴然たる差に衝撃を受けるだろう。アリババやテンセントが築くデジタル王国のような事例を読むと、未来にタイムスリップした気になる。それくらいの差がある。
私は確定申告を電子申告しているが、確定申告の締め切り間近の3/15は前は(今年はコロナ禍で4/15だけど)、税務署前は例年長蛇の列ができる。つまり電子申告できない人が並んでいるわけで、それに伴い税務署で働くひともその対応をしないといけないわけで、無駄もいいところである。
ただ、デジタル化の中国モデルを日本にそのまま適用できるはずもなく、あくまで事例として冷静に捉えればいいのだ。仮に日本でデジタル化が進んでも、中国のように何でもデジタルという世界にはならないだろう。仮にあなたが自社のIT化の遅れを嘆く人だとして、本書を読み「我が社もデジタル化を強化しよう」と意気込んでも、現実に日本式の根回しをしないと何も進まないだろうことは言うまでもない。
私はITのエンジニアであるから業界関連の本はよく読むが、IT業界の人でなくとも、本書に書かれている程度の内容くらいは把握しておいたほうがいい。でないと次々に登場する新しいサービスにいつまでも翻弄されたままになるだろうから。
おすすめの関連書籍
- 『予測マシンの世紀』 アジェイ・アグラウルほか 早川書房
『2050年の技術 英「エコノミスト誌」は予測する』 文芸春秋
複数のライターによる技術の未来予想を楽しめる。トピックは多様で「日本のガラケーは未来を予測していた」とか、「プライバシーは富裕層だけの贅沢品に」、「太陽光と風力で全エネルギーの三割」、「人工知能ができないこと」、「曲がる弾丸と戦争の未来」など多くの人が関心を持ちそうなトピックに溢れている。技術とある通り理系よりの内容だが、中学校理科を理解していれば読めるだろう。
「ARを眼球に組み込む」というトピックではスマートフォンを指で操作する行為は、前近代的だと感じるくらいデジタル化の進んだ社会が来る世界を予想する。すべてがデジタル化され、身の回りのすべてのものがコンピューティング能力を持つため、コンピュータという言葉自体が使われなくなるというのだ。『アフターデジタル』と同様、技術が好きな人やIT業界にいる人は、将来どんな技術が一般的になものとして普及するか、本書を読むと刺激をかき立てられるだろう。希望に溢れた本というわけではないけど、長生きして未来の技術を見たいという気にさせてくれる一冊だ。
おすすめの関連書籍
- 『インターネットの次にくるもの』 ケヴィン・ケリー著 NHK出版
『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン著 NHK出版
『ビッグヒストリー』を読んで以来、科学史の関心が強くなり、その一環として本書を手に取った。実はかなり昔から積ん読になったままだったのだが、こんなに抜群に面白い本が10年近く本棚に放置していたのを後悔している。おいていた理由は分厚いからで、本文だけで600ページほどある大部の著であるからなのだが、読み始めるとエンデの小説のように一気に引き込まれる。分厚さは一瞬で忘れる。
イギリスのエリートが通うイートン校のおすすめリストにも入っている本書は、宇宙の誕生、地球の大きさ、原子などミクロの世界、生命の誕生など一般に理科とか科学と言われるものを、どういう人が発見し、どのようにその発見が世界に広まっていったか、面白いエピソード満載で次々に紹介してくれる。難解なところはないので、高校生とか利発な中学生でも読めるだろう。
科学史に残る偉大な何らかの発見をしたたいていの人は、発見当時は評価されず、また変態と言えるほど奇人・変人ばかり。変人なので、せっかく自分の発見したことをレポートにまとめても、机にいれたままで、それが世に出るのが発見者の死後50年後とか100年後とか、そういう話がたくさん出てくる。極めつけはキャヴェンディッシュだろう。この人が誰にも告げずに発見もしくは予測していた事柄のほんの一部を挙げると、エネルギー保存の法則、オームの法則、電気伝導率の原理などだ。
あるとき、キャヴェンディッシュが玄関のドアをあけると、目の前にウィーンから着いたばかりというオーストリア人が立っていた。キャヴェンディッシュを崇拝する人物で、興奮した面持ちで賛美の言葉をべらべとしゃべり始める。しばしのあいだ、キャヴェンディッシュは相手の賛辞をまるで鈍器で殴られるような感じで受け取っていたが、とうとう耐えられなくなり、戸を大きくあけ放したまま、玄関前の小道に飛び出して、門の外へと逃げてしまった。なだめすかされて屋敷に戻るまで、何時間もかかった。ふだんも、家事を切り盛りする雇い人とさえ、手紙で指示をやりとりしていたほどだ。
『人類が知っていることすべての短い歴史』 p93
今の日本では女性蔑視がまかり通り、ひとの多様性は排除される状況にある。したがってキャヴェンディッシュのような有能な変人が世の中にいても、その可能性の芽が摘まれてしまっているかもしれない。それが社会の損失であることは疑いの余地はなく、社会はもっと多様性を当然ものとして受け入れなければならない。本書は、読むことで科学史に詳しくなれるだけでなく、社会のあり方について考えるきっかけともなる。
おすすめの関連書籍
- 『コペルニクス革命』 トーマス・クーン著 講談社学術文庫
- 『オリジン・ストーリー』 デイヴィッド・クリスチャン著 筑摩書房
- 『科学大図鑑』 アダム・ハート・デイヴィスほか 三省堂