先日非正規・単身・アラフォー女性「失われた世代」の絶望と希望という本の書評を紹介したけど、アラフォー女性に限らず現代は多くの人が生きづらいと感じている世の中です。今回紹介する『「発達障害」と言いたがる人たち』にも生きづらいと感じている人が登場する。題名の通りだが、その人たちは生きづらさ発達障害のせいにしようとする。そしてそれに乗じて商売にしようとする人たちがいるのです。著者は渦中の東京医大出身の香山リカ氏。
香山リカ氏は精神科医で、ここ数年「あなたは発達障害です」と言ってほしい人が増えたのに気づいた。しかも、その人たちに「あなたは発達障害ではない」と診断するとがっくりするというのです。病気でないと診断されればたいていは嬉しいと思うけど、彼らは違うんですね。「あなたは発達障害です」と診断されれて、「あ、私は発達障害なんだ。仕事や人間関係がうまくいかないのは病気のせいなんだ」と安心したい人たちなのです。確かに現代は強い競争原理が働き、常に厳しい成果を求められるサラリーマンや、早くに就職活動を強いられる学生など、普通に生きるだけでも大きなストレスがかかる。そういう環境で苦しんでいる人が「発達障害のせい」と苦労の原因を帰すことができればいくぶん楽になるかもしれない。
そもそも発達障害とは何か
しかし、安易になんでも発達障害にせいにするのはいかがなものでしょうか。それ以前に、そもそも発達障害とは何か?を明らかにしないといけないですが、実は発達障害を定義づけるのは専門家でも難しいようです。そこで本書から発達障害の定義に関する部分を引用します。
発達障害とは
発達障害は、脳の機能性障害の一つだ。
「脳の機能性障害」というのは、「脳が本来持っている働きを果たさないこと」を意味する。それに対応する言葉として「器質性障害」というのがあり、こちらはケガなどの損傷や腫瘍などの疾患が原因で見た目にもはっきりした変化が生じ、それにより起きる障害を指す。
またもう一つ「心因性障害」というのもあり、これは環境やストレスなどが原因となって後天的にさまざまな支障が生じているということだ。
だから、「発達障害は脳の機能性障害」は、「脳自体に目に見える変化はなく、”心の持ちよう”が原因でもないが、脳の発達がもともと通常とは違っているため、本来の働きを果たさなくなっている障害」ということになる。
ここでまず押さえておくべきなのは、発達障害は「脳の発達の障害」だが、「どこに問題があるかは見えない」は、「生まれつき」であり「しつけやストレス関係ない」ことと言える。
「発達障害」と言いたがる人たち p63
この部分を読むだけで発達障害の定義がけっこう複雑なのが分かります。しかも「どこに問題があるかは目ない」とあるので、素人が「あの人発達障害じゃない?」みたいな憶測をするのはなんの意味もなさないのです。著者はそれについても言及している。わがままな俳優や、特殊な犯罪を起こした人の一部の言動や行動から「あの人は発達障害に違いない」と決めつけることに警鐘を鳴らす。
「最近、映画でよく見るあの女優だけど、集合時間に必ず遅刻したり撮影が終わっていないのに『飽きた』と帰っちゃったり、ADHDだと診断されている私に似てる。彼女もADHDじゃないかな。」
タレントの場合は実際には社会的に活躍しているのでまだよいのだが、中には世間を騒がせる犯罪が起きるたびに、「あの容疑者、発達障害じゃないかな」といった声がSNSで上がることも少なくない。理由は、「動機がはっきりしない」「反抗の手口がずさん」「近隣の住民が目立たない人だと言っていた」などごく些細なことだ。
もちろんその人たちが「絶対に発達障害ではない」とここで断言することはできないが、ちょっとした特徴をとらえて「発達障害では?」と疑ったり「きっとそうだ」とレッテルを貼ったりしすぎているのではないだろうか。
「発達障害」と言いたがる人たち p120
発達障害をビジネスにする人たち
本書が秀逸なのは発達障害の不安に乗じてそれをビジネスにしようとする人がいることを指摘する点です。この背景には、発達障害の人は昔から存在したけど社会的な関心の高まりで発達障害が認知されやすくなり、発達障害の人が増えたように錯覚するという事情があるのでしょう。世の中には「自分が発達障害かもしれない」という不安を持つ人が増えたのです。
自分が発達障害ではないにしても、他者とのコミュニケーションが苦手と認識しそれをなんとかしたいと考えている人たちは怪しげなセミナーの餌食にかかりやすいと著者は指摘しています。そして、そういう人を狙うビジネスがあるのです。それがスマホゲームです。
いまや冒頭にあげたASDの三つの特徴を利用した、ASD型人間に向けたかのようなサービスであるスマホゲームの業界は、今や日本の産業を代表する勢いのピッグピジネスになりつつあるということだ。逆に言えば、顔を合わせることなく、制限された中でコミュニケーションを行いながら、ゲームを進めることには徹底的なこだわりを見せる、といういわば「ASD型ライフスタイル」は、いまを生きる多くの人たちには非常に心地よいものになりつつあるのだろう。
しかも、こういったゲームを多数リリースしている会社のある経営者は、これを日本だけの傾向とは考えておらず、すでにアジア各国や北米には進出を果たし、これからはヨーロッパや南米なども視野に入れたい、とも語っている。ゲーム業界の経営者たちは、直観的にこのいわば「ASD型ライフスタイル」を求めるASD型人間が世界中にいることを見抜いているようだ。
資本主義の原理が働き、頭の回転の早い人はなんでも商売にしてしまい、うまく世の中に適合できない人が食い物にされてしまう。こういう現実を、多くの人はもっと知るべきだと思います。こういった問題を指摘する本書は良書だと思いますし、また著者が医者としての良心にあふれているのは最後の一文で分かります。最後にその一文を紹介します。
あなたは、ADHDでも自閉症スペクトラム障害でもありません。つまり発達障害ではありませんよ。・・・・・でも、大丈夫です。発達障害ではなくても、あなたはあなたです。平凡なのはすばらしいことじゃないですか。自分に自信を持って生きて行ってください。
「発達障害」と言いたがる人たち p203
関連書
【書評】発達障害(文春新書) 著者:岩波明
同じく発達障害に関する新書で、こちらも良書。発達障害の様々な事例を紹介し、「不思議な国のアリス」のルイス・キャロルを事例として紹介するなど、専門知識がなくても読むことができるよう書かれている。