トランプが大統領に就任して1年半ほどが経過し、予測不能な行動はもはやカオス。北朝鮮との会談、中国やEUの製品に関税をかけ(日本も)、イスラエルの大使館をエルサレムに移転し、メキシコとの国境に壁は作れず、などなど。トランプの行動には一貫性がなくめちゃくちゃだ。なんで彼はこんな行動をとるのか?その理由がよく分かるのがマイケル・ウォルフ著の「炎と怒り」だ。
本書は500ページくらいあるし、読んで知識が得られるわけでもない。何よりこの本には下世話な表現が何度も出てくるだ。それでも読む価値はある。なぜならトランプ大統領を間近で観察した著者が、トランプの行動をそのまま記述してあり、限りなくトランプの実像を捉えているからだ。だからそうしても下品な表現が増えてしまうのだ。
著者がホワイトハウスでトランプを間近に観察できた衝撃の理由
著者マイケル・ウォルフは大統領選挙運動中にトランプ氏に気に入られ、大統領に当選後はホワイトハウスの中で自由に取材できた。トランプ陣営は素人集団で場を仕切る人がいないから著者は自由にホワイトハウスに出入りできたのだ。このことから、トランプが今までの他の大統領とは全く異質なことが分かる。
そして、なぜトランプのような人が大統領になったのか?という最大の疑問が本書を読むと分かる。そのくだりを以下に引用する。この点は著者のマイケル・ウォルフの観察が鋭い。
これまでに勝利を収めてきた大統領候補たちの多くは、その動機が思い上がりであれ、自己愛であれ、並外れた使命感であれ、ティーンエイジャーのころからとはいわないまでも、人生の大半を大統領という役割に備えるために費やしてきた。〜中略
だがトランプは、そういう連中とは明らかに違う思わくを持っていた。トランプと側近がもくろんでいたのは、自分たち自身は何一つ変わることなく、ただトランプが大統領になりかけたという事実からできるだけ利益を得ることだった。生き方を改める必要もなければ、考え方を変える必要もない。自分たちはありのままでいい。なぜなら自分たちが勝つわけがないのだから。
p39
しかし現実にトランプは勝った。勝ってしまった。その当選当日の描写は生々しい。
トランプは勝つはずではなかった。というより、敗北こそが勝利だった。
負けても、トランプは世界一有名な男になるだろう──“いんちきヒラリー”に迫害された殉教者として。
娘のイヴァンカと娘婿のジャレッドは、富豪の無名の子どもという立場から、世界で活躍するセレブリティ、トランプ・ブランドの顔へと華麗なる変身を遂
げるだろう。スティーヴ・バノンは、ティーパーティー運動の事実上のリーダーになるだろう。
ケリーアン・コンウエイはケーブルニュース界のスターになるだろう。
ラインス・プリーバスとケイティ・ウォルシュは、かつてのような共和党を取り戻せるだろう。
メラニア・トランプは、世間の目から逃れて穏やかに暮らす元の生活に戻れるだろう。
以上が、二〇一六年一一月八日当日に関係者一同が思い描いていた“八方丸く収まる”ともいうべき結末である。敗北は彼ら全員の利益になるはずだった。
だが、その晩の八時過ぎ、予想もしていなかった結果が確定的になった。本当にトランプが勝つかもしれない。トランプ・ジュニアが友人に語ったところでは、DJT(ジュニアは父親をそう呼んでいた)は幽霊を見たような顔をしていたという。トランプから敗北を固く約束されていたメラニアは涙していた――もちろん、うれし涙などではなかった。
p42〜p43
冒頭で書いた通り下品だったり下世話な表現がよく出てくるわけだが、その一節を紹介する。トランプの長女イヴァンカがトランプの髪型についてよく友人に話したという部分。どうでもいい細かい話だが、それだけに真に迫っている。
イヴァンカはよく、あのヘアスタイルの構造を友人に話して聞かせたものだ。スカルプ・リダクション手術(髪の毛のない部分の皮膚を除去し、髪の生えている皮膚を寄せて縫い合わせる手術)を受けたあとのつるつるの頭頂部を、フワフワした毛が取り巻いている。その毛を中央でまとめるように梳(と)かし上げ、さらに後ろになでつけて、ハードスプレーで固定しているのだ。ヘアカラーは<<ジャスト・フォー・メン(男性専用)>>という商品だとおもしろおかしく付け加えた。
p139
こんな感じで下世話な表現がたくさん出てくる。トランプを間近で観察した著者にしかできない描写だ。トランプはこの本を「フェイクブックだ」と言っているらしいが、493ページもある本書の細かい記述や描写をすべて嘘で片付けるのには無理がある。
そして恐ろしい記述もある。これが世界一の超大国のトップなのかと思ってしまう。そりゃプーチン大統領も、トランプのような人が大統領になれば操りやすくロシアの国益になるから、裏工作もするだろう。さて、どんな記述かと言うと、トランプは決して本を読まないのだ。読んだことがないのかもしれない。
トランプは何かを読むということがなかった。それどころか、ざっと目を通しさえしない。印刷物の形で示された情報は、存在しないも同然だった。一部の人間は、トランプは実質的に半ば読み書きができないのだと信じていた(中略)。あるいは失読症(ディスレクシア)なのではないかと考える人もいた。彼の読解力が限られていることは確かだからだ。さらに、こんな見方もあった。トランプが読めないのは、読む必要がなかったからだ。
p194
読解力が限られている!先日紹介した「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」には子どもたちの読解力の危機についての言及があり、このままでは日本はやばいと著者の新井紀子氏は警鐘を鳴らしているが、トランプは子どもではなくアメリカ大統領である。アメリカ大統領が読解力がないのだ。これは怖すぎるでしょ。かつて日本も、民主党の鳩ポッポのときはひどかったけど、アメリカはもっとひどいことになってる。
極めつけは以下の描写だ。トランプ大統領は完全に子どもだ。
トランプ大統領は、とめどなく喋った。哀れっぽく、自己憐憫に満ちたようすで。そこに何かしらの目的があるとするならば、それはたんに「好かれたい」という動機だけだろうと誰もがわかっていた。トランプは人々が自分を好いてくれる本当の理由にはついぞ気づかず、なぜ誰もが自分を好いてくれないのか理解できずにた。
P207
本書の信じがたい描写の数々には唖然とする。トランプ大統領はまだ2年以上も任期があると思うと半ば絶望的な気持ちになるが、本書の救いは池上彰さんの解説が秀逸な点だ。帯にもあるが、「アメリカは、こういう人間を大統領に選んだのだ」とあり、本書の性質をよく表している。この解説だけでも読む価値はあるので、ぜひ手にとってみて。
アメリカについて知るための一冊
そもそもなぜトランプのような人が大統領になれたのか。その背景には何があるのか。それアメリカ社会深くにある分断だろう。ここでいう分断とは単に富裕層と貧困層というような単純な分断ではない。アメリカという国の成立過程から存在している分断だ。そのアメリカの分断について知る最適の本がある。
11の国のアメリカ史――分断と相克の400年
本書はアメリカという国がその成立過程から11の国に分かれ、相競ってきたと説明する。本書を読めばユナイテッドといいつつも、実際にはアメリカという国家が文化的にも思想もまったく違う人たちに分断されているのがよく分かる。上下巻あるが読み応えがあり面白いため、すぐ読んでしまう。