多くの人にとって西洋美術なるものは「モナリザって有名だよね」とか、「ロマネスク様式?なにそれ、美味しいの?」とか、「フェルメール展やってるんだ、ふーん。有名だし行ってみようかな。天気よければね」程度の認識しかないだろう。よしんば少し美術に興味がある人であっても、猛者をのぞけばたまに美術館に行く程度でしょう。私もそうでした。美術館に行っても音声ガイドも持たず、なんとなく絵画を眺めるだけ。「ふーん」って感じで、混んでれば人の後頭部を見て2時間歩いて疲れて終わる。こういう人、多いのではないかしら?
美術館に行って自分以外の人が同じ絵画や彫刻を見てどう感じているのかは、一人一人に質問しない限り永遠の謎だけど、その中に絵画や彫刻を「感じている」のではなく、「読んでいる」人がいるという現実をあなたはどう捉えるだろう。あなたが「ふーん」で済ましていたその絵を、あの彫刻を、読み解いている人がいるとしたら、そして自分もそうなれるとしたら、きっと美術館での時間は灰色に色褪せたものから色彩豊かな時間に変わるに違いない。『世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」』はそういう一歩を踏み出すのを後押ししてくれる本です。
この本が出たのは1年ほど前で、私はこのゴリゴリのタイトルを見て「ケッ」と思って最初はあまり気にしてなかったのだけどそこそこ売れてるということで買ってみたら、けっこう面白かった。ギリシャ彫刻の不思議なポーズも、ゴシック建築という言葉の意味も、偶像崇拝が厳禁であるはずのキリスト教で絵画がタブーでない理由も、印象派が世間に受け入れられた訳も、断片的にしか知らなかった豆知識が本書を読むことで体系的な知識に昇格したのです。
美術は思想の反映物
本書を読むと、好きなように書かれた絵画が実は時代や作者の思想が見事に反映されていると分かります。時代の思想がベースにあってその上に美術品がある。思想の反映物として美術品が存在していることがわかるのです。特に市民社会が花開いて以降の時代は、教会や王侯貴族の力は相対的に衰え、作者は作品が世の中に受けいられるようにマーケティングに力を注ぐようになります。「とりあず宗教画を書いておけば売れるだろ」という時代ではなくなる。作者が作品が売れるための工夫をしているわけだから、偉大な作品が自然発生的に作者の内面から出てきたわけではないと分かります。世界的に有名な絵画であっても世間に媚を売っているわけです。このようにマーケティング本としても本書を読むことはできます。
本書には特別新しいことが書いてあるわけではないけれど、教養のある著者が西洋美術史を巧みに整理して体系的な知識として学ぶことができます。世界史の基礎知識を読めばより一層頭にスッと入ってくる。高校で世界史を勉強した人には物足りないかもしれないけど、文化史を単なる知識として無理やり頭に詰め込んだ人には読み物として楽しめるはず。昨今の教養ブームを意識してか、「世界で戦うエリートに必須の西洋美術史」と銘打っているけど、あまり大げさに構える必要はなく気軽に読めます。この本をきっかけにしてミケランジェロ全作品集のような高価な美術本に興味を持つ人もいるだろうなぁ。
一言付け加えるなら、日本のビジネスエリートが西洋人とコミュニケーションをとるなら西洋美術史は確かに無難な内容だけど、彼らは日本の歴史や美術にこと関心を持つだろうから、仏教美術も身に着けておいたほうがいいです。
- おすすめ度★★★★
- お買い得度★★★★
- 読み応え度★★
- 一気読み度★★★